歴 史 散 策
「北野を歩く」其の三
現在、京都文化博物館で開催中の「北野天満宮 信仰と名宝―天神さんの源流―」 。
3月2日(土)に関連イベントとして行われた、「北野をあるく」は申し込みが多く早々に定員オーバーになってしまいました。
希望が叶わず参加できなかった方、展覧会を見て北野天満宮のことをさらに知りたくなった方のために、本展担当学芸員でイベント企画者でもある、京都文化博物館の西山剛さんの協力のもと、[ことしるべ]で北野天満宮内に絞った形で歴史散策「北野を歩く」を3回に分けて再現する、最終回です。
これからあたたかくなる季節に、ぜひ展覧会とあわせて北野天満宮の中の歴史散策も楽しんでみてはいかがでしょうか?
歴史散策「北野を歩く」其の一はコチラ
歴史散策「北野を歩く」其の二はコチラ
地図はコチラ → 北野天満宮HP 境内のご案内をご参照ください
● 本殿
権現造の形式をもつ代表例。
現在の社殿は慶長12年(1607)の造営ですが、平安時代からこの形式を守ってきたと考えられます。
入母屋造の本殿と拝殿との間にゆかを土間とする石の間を置き、石の間の天井を雄大な化粧屋根裏とします。
本殿の西側面に脇殿、拝殿両脇に楽の間を付加しているので屋根も変化に富み、古来八棟造の名があります。
拝殿前の中庭を取り囲んで回廊がめぐり、正面中央に四脚門の中門を開きます。
なお蟇股などに彩色を施した彫刻があり、時代の特色をよく示しています。
● 地主神社
北野天満宮の創建以前の神をまつるところです。
南門からの直線行路は、社殿よりもむしろこの地主神社にあたります。
慶長12年(1607)の造営直後においては、この地に三所皇子が祀られていました。
● 文子天満宮
北野天満宮の造営の根拠となった丹治比文子を祀る社。
本来は、西京北町の文子天満宮御旅所にありましたが、明治6年に現在の宝物館付近にうつされ、そののち現在地にうつりました。
そのほか、梅苑、宝物館もぜひご入苑・ご入場くださいませ。
★宝物殿で現在開催中の「北野天満宮の至宝 第2期 刀剣×梅」の見どころ紹介はコチラ! → part1 part2 part3 part4