キスリング展監修・村上哲さん解説④伝統を、より妖艶に―《赤い長椅子の裸婦》

キスリング展監修・村上哲さん解説④伝統を、より妖艶に―《赤い長椅子の裸婦》


《赤い長椅子の裸婦》1937年 
油彩・カンヴァス 96×146cm パリ市立近代美術館
Photographie ©Musée d’Art Moderne/Roger Viollet

「横たわる裸婦」は、古代を起源としてルネサンスからマネへと連なる伝統的な図像である。キスリングは、この画題を1910年代の初期から手がけている。代表作として名高いこの大作は、1937年のパリ万国博覧会でパリ市が買い上げたもの。裸婦の白い肌と不穏な影の対比が、ミステリアスな雰囲気を醸し出す。
滑らかな画肌や透明感のある色彩は画家の真骨頂だが、誇張されたヒップや細い腰、引き伸ばされた姿態には新古典主義の画家アングルの影響も窺える。大胆なデフォルメも厭わなかったアングルの自由な造形性は、20世紀の画家に大いなる示唆を与えている。伝統を継承しつつ妖艶に変容させたキスリングの裸婦は、ヌード表現に新たな歴史を拓くものとなった。

キスリング KISLING  1891-1953


キスリング 1925年 ©KISLING ARCHIVES

ポーランドの古都クラクフの裕福なユダヤ系の家に生まれる。1910年パリに出て、1912年からピカソやブラックらと交友、キュビスムに感化される。1913年以降はモンパルナスで、モディリアーニやパスキン、藤田嗣治(レオナール・フジタ)らと親交を結んだ。1910年代の末、華麗な色彩と滑らかな画肌を駆使した独自の画風を確立、哀愁の漂う作品は人気を博した。第二次大戦時はナチス・ドイツの迫害から逃れて渡米。1946年フランスに帰国し、パリと南フランスを行き来しながら活躍した。

執筆:
村上 哲(むらかみ・さとし)

アート・キュレーション代表。1957年、熊本県出身。東京藝術大学卒業。
熊本県立美術館の学芸課長を経て2018年から現職。海外展の企画統括・監修に携わる。
専門は比較芸術学、エコール・ド・パリ研究、ミュゼオロジー(美術館運営学)。

次回は「マルセイユの港」をご紹介します。


「キスリング展 エコール・ド・パリの巨匠」は10月25日(日)まで美術館「えき」KYOTOで開催中です。

企画・監修:マイテ・ヴァレス=ブレッド(フランス/ポール・ヴァレリー美術館館長、文化財保存主任監督官)
統括・監修:村上 哲(アート・キュレーション代表、チーフ・エグゼクティヴ・キュレーター)
企画協力:株式会社ブレーントラスト