泉屋博古館にて好評開催中の企画展「絵書きの筆ぐせ、腕くらべ ―住友コレクションの近代日本画」。本展は、住友家に伝わった近代日本画の名品を、画家の筆ぐせからご鑑賞いただく展覧会です。
5月26日(土)には、泉屋博古館分館長の野地耕一郎さんによるギャラリートークを開催いたしました!ギャラリートークでは、野地分館長が展示作品1点1点のみどころを丁寧に解説されました。本特集では、その内容を前編・後編に分けてハイライトとして紹介します!
日本画には近代以前“流派”があり、それぞれ継承した表現・描法に特色を出していました。
<主な流派>
●平安時代に成立した「やまと絵」
●室町時代に一世風靡した「狩野派」
●円山応挙を祖とする「円山四条派」
●中国の明清時代の「文人画」
●長崎に来た清の画家・沈南蘋の影響を受け、写実的な花鳥画が特色の「南蘋派(なんぴんは)」
幕末から明治維新を経て近代になると、伝統的な画流派は美術学校という教育システムのなかで継承されながらも解体されて、「個性」を重視した表現が絵画制作の中心になります。しかし、そうしたなかにもよくみると伝統画流派の筆法を基礎とした表現が生き続いている部分があります。
突然ですが「日本画」という言葉はいつから生まれたかご存知ですか?「日本画」は、西洋画に対しそれまでの日本の伝統絵画を総称した呼び名。それは概ね明治10年代後半以降に流通しはじめます。最初のセクションでは、まだ「日本画」という言葉が誕生する前の幕末から明治前期に活躍した画家たちの伝統描法を読み解きましょう!
菊池容斎(きくち・ようさい)《桜図》弘化4年 (1847)泉屋博古館分館蔵
容斎は、最初に様々な画流派の画法をハイブリットさせ、独自の作風を打ち立てた画家です。この《桜図》についても、諸流派から取り入れた多様な表現が見られます。桜の花びらの装飾的なあしらいや遠山の表現はやまと絵風、樹幹や樹木は狩野派と四条円山派の特色が見受けられます。また、桜の木の枝ぶりが頭のなかの血管のようではありませんか? 容斎は、西洋の書物を所持していたと言われています。その影響かもしれませんね。描かれている桜は東京・上野にある寛永寺の桜です。この桜をよく知るふたりの僧のために描いたといわれており、画面のなかにもしっかりとふたりの僧が描きこまれています。
中西耕石(なかにし・こうせき)《桃花流水図》 江戸後期~明治時代(19世紀)泉屋博古館分館蔵
幕末から明治の初期に活躍した画家です。色彩に透明感があり、薄い色のところも色が鮮明で、柔らかな作品が特長。桃の花が崖の上から滝を伝わって流水に乗って岸辺を漂う様子を表現しているところに注目してください。特に岸辺に漂う桃の花びらの透け感は見事です。
続いて、大阪画壇の画家の作品です
森琴石(もり・きんせき)《山水図》明治30年(1897)泉屋博古館分館蔵
琴石は、摂津国有馬群湯元(現在の兵庫県神戸市)の商家に生まれました。有子どもの頃から南画を学び、明治6(1873)年には東京で高橋由一に洋画を習います。また、緻密な銅版画も学びました。作品は、うねりながら山奥に伸びる山道をふたりの文人が歩みゆく場面を描いています。この作品には、高橋由一に学んだ西洋画法を生かした自然の空間の奥行きが意識されつつも、樹木や岩石が丹念に描きこまれており、緻密に練り上げられた人工の楽園の趣がただよいます。中西耕石のゆったりとした柔らかな山水画と比べて、森琴石の山水画は、線描も硬質で明快、透視図法による風景のリアリティーを感じさせます。ぜひ比較しながら鑑賞してみてください。
村田香谷(むらた・こうこく)《西園雅集図》明治37年(1904)泉屋博古館分館蔵
長崎県へ留学経験があり、当時渡来していた清朝の絵描きと交流、明治維新後は中国に渡って実見した中国絵画の名手たちに倣いながらも、濃厚な色彩とうねるような筆致の作風を生み出した香谷。作品に描かれているのは、16人の文人たち。そのなかにひとりだけ日本人が描かれています。ぜひ探してみてください。この作品は、住友春翠のために描いたもの。須磨の別邸を文人のサロンとみなしてこの絵を贈ったと言われています。
上島鳳山(うえしま・ほうざん)《六月 青簾》(「十二ヶ月美人」より)明治42年 (1909) 泉屋博古館分館蔵
上島鳳山の美人画は、近世の上方に生まれ継承されてきた円山四条派を基礎に、江戸後期の大阪で新たに誕生した月岡雪鼎らによる風俗美人図など諸派の要素を引き受けながら、西洋画法を取り入れて実在感を増幅させた表現を併せもっています。江戸時代までの浮世絵で描かれた女性というのは、顔の形が平面的でした。しかし鳳山の美人は、漫画で顔を描くときに、立体的にするため目と鼻の線を曲線で描くように立体感がありますね。また、女性の下半身に注目すると、肉感がしっかりと捉えられ、赤い腰巻の透けた様子も見て取れます。
山田秋坪(やまだ・しゅうへい)《柘榴花白鸚鵡図》大正9年 (1920)泉屋博古館分館
柘榴の大木が満開に紅色の花を咲かせ、樹上では白鸚鵡が羽を休める様子を群青や緑青、赤、そして白鸚鵡の純白で鮮やかに表現しています。近世以来中国文化の影響を受けた大阪では、文人画のほかに江戸中期に渡来した沈南蘋以来の長崎系写生画の要素も色濃く継承されました。山田秋坪もその系譜のひとりです。
後編では、京都画壇、東京画壇の作品を紹介していきます!
どうぞお楽しみに!