「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」ちひろ美術館・上島史子氏ギャラリートーク(後編)

 いわさきちひろ(1918-74)の生誕100年に合わせて、「絵描き」としてのちひろの技術や作品を彼女の生き方とともに振り返る展覧会「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」
開幕初日の16日、本展主催のちひろ美術館・主任学芸員、上島史子氏によるギャラリートークが行われ、大勢の人が訪れました。その模様を、2回に分けてお伝えします。今回は後編です。
前編はこちらから。

中盤の第3章からは、ちひろが挑戦した数々の表現を知ることができます。
1970年に発表された絵本「となりにきたこ」(至光社)は当初、鉛筆と墨を用いたモノクロームで、実験的な要素を盛り込んだ作品として完成間近まで制作されました。

<写真=「となりにきたこ」の習作を見比べ、ちひろが巡らせた思考に迫る>
しかしながら、このままでは自身の過去の表現と変わらないと判断し、パステルを使って一冊まるまる描き直した経緯を持ちます。
パステルは顔料をやわらかく固めた画材で、もともとちひろが得意とする細かな線の描画には向きません。それを敢えて使用した、大胆で粗い作風がみるものの目をひきます。



会場内には、ちひろのアトリエが再現されています。

パレットに載っているのは、透明水彩絵具です。水を加えると色が溶けて広がり、淡く美しい発色が持ち味です。
絵本「あめのひのおるすばん」には、その特色が存分に生かされています。あいまいな背景、色のにじみを多用したぼかし、大きく空けられた余白。すべてを描ききらない手法によって、説明的ではなく、みる人の感覚を重視した作品に仕上がったのです。

<写真=右は「ぽちのきたうみ」の一場面。海の夕焼けがダイナミックな筆づかいで描かれている>
至光社から刊行された最後の絵本となった「ぽちのきたうみ」では、書道のような大きな筆さばきで勢いよく引かれた線が、場面ごとに違った情緒をつくり出しています。
さまざまな実験を積み重ねたちひろの、絵にまつわるノウハウがにじみ出る、晩年の一作です。

本展監修者の一人であるアニメーション映画監督・高畑勲氏は、ちひろの絵を拡大して見せるインスタレーションを提言しました。
会場の終わりに、およそ2メートル四方に拡大された作品が2点並んでいます。

水彩絵具のにじみやぼかし、色の重なりが、拡大によってはっきりと分かります。
子どものときに感じた、絵の中に没入する感覚を、大人のみなさんにも味わってほしい。そんな高畑さんの思いを受けて、幼いころの新鮮なまなざしで鑑賞してみるのもいいかもしれません。(おわり)


次回は、事前申し込み制で行われた、いわさきちひろのご子息・松本猛さんのギャラリートークの模様をお伝えします。

「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」は、12月25日まで美術館「えき」KYOTO(ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)で開催中です。