松本猛氏「モーニング・ミュージアム」

いわさきちひろ(1918-74)の生誕100年に合わせて、「絵描き」としてのちひろの技術や作品を彼女の生き方とともに振り返る展覧会「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」
11月26日の開館前の朝に、いわさきちひろのご子息で、ちひろ美術館・常任顧問の松本猛(まつもと・たけし)氏によるギャラリートークが行われました。

今回は事前申し込みで集まった約50人のちひろファンを前に、松本さんご自身の思い出とともに本展鑑賞のポイントをたくさん語っていただきました。その模様を、ちょっとだけご紹介します。

松本さんにとって思い出深い作品が、会場中盤で登場する絵本「戦火のなかの子どもたち」です。
ストーリーを決めてから場面ごとに絵を描くのではなく、絵をひたすら描いてから構成を考える方法でつくられ、当時大学生だった松本さんも制作に携わりました。

母・ちひろから構成を考えるように言われたときは「認められた」と感じた松本さん。入稿するまでの半年間、母との密な話し合いの中で絵本の世界への関心が深まったといいます。
制作当時、ベトナム戦争に対する反戦運動が世界中で強まっていました。ちひろは自らの戦争体験や戦後すぐの新聞記者としての取材経験による記憶をもとに、絵筆のタッチで丁寧にイメージを作り上げ、絵本で反戦の意思を示したのです。

ちひろの自作の絵本に、強いストーリーはそれほどみられません。しかし、子どもの気持ちを絶妙な色で表現した絵が、多くの人の心に触れ、人気を集めてきました。
「あめのひのおるすばん」は、家で母の帰りを待ちながらも、だんだん不安になっていく子どもの心理を描いた作品です。

たとえば、電話が鳴るシーン。お母さんからの電話なのか、そうでないのかわからない。出ようか出まいか。思わずカーテンの中に隠れる子どもの心境が、塗って・流してを繰り返した複雑な色調で表現されています。

つづいて松本さんが立ち止まったのは、晩年の絵本「ぽちのきたうみ」の、ある作品の前。
季節は夏。砂浜で2人の子どもが遊んでいます。
色のにじみや筆のかすれを駆使した、空と波の描かれ方が印象的ですが、どうやって描かれたのでしょうか。

松本さんいわく、ちひろは利き手の左手に筆を、右手にドライヤーを持っていたのだとか。
にじみをどこで止めれば自然界の動きにより近づくのか、自然の力も借りつつ考えながら描かれたものなのです。
ちひろの卓越したデッサン力に、自然の力が組み合わさったこの絵、まさにちひろ作品の真骨頂といえます。

季節も音も、温度も香りも、みんな絵の中にあって、どんな答えでも間違いではないと松本さんはいいます。
「アニメは飛行機、絵本は徒歩。絵本は自分のペースで進んだり、戻ったり、立ち止まったり、寄り道したりできる。」
絵の向こう側にひろがるさまざまなことを、自分なりの感性で自由に想像しながら、時間をかけて鑑賞してみてはいかがでしょう。
 


ギャラリートークのあと、サイン会も行われました。

「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」は、12月25日まで美術館「えき」KYOTO(ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)で開催中です。