注目作品④短歌

注目作品④短歌

 今回ご紹介します短歌は、タイトルにもある「四季」をテーマとし、春夏秋冬の四つに分かれています。
 この短歌が詠まれた時期は、関東大震災後で、武子が慈善活動で多忙の生活を送っている最中とされています。ちょうどこの頃、長年ロンドンに留学中であった夫が帰国し、武子はようやく、夫婦の生活を持てるようになります。
 つかの間の穏やかな時間の中で、日常の美しい四季の移ろいを、武子の感性で、時を超え語りかけています。このとき武子は、40歳前後で、晩年詠まれたといわれています。

九條武子自筆 短冊(龍谷大学図書館蔵)
※右から春・夏・秋・冬の順です。


春ややに ちかづくらしも 朝ごとの
くしげの油 こほらずなりぬ

訳:毎朝、髪につける櫛の油が、だんだん凍らなくなって
ようやく待ち焦がれていた春が、足音をたて近づいているのを感じます。


くろがみも はじらはしけふ みゆばかり
るり紺青の あさがほのはな

訳:今日見る紺青の朝顔の花は、どんなにも美しい
黒髪も、恥ずかしく思えるほど、なんとも憂いがあり、美しいのでしょう。


のぼりくれば 山の香に 露に秋は
いまただ満ちたり 大空の色

訳:山の頂きまで登って来ると、立ちこめる木々の香りや露ですっかり秋の装いを感じます。
その美しさは、大空を染めて包み込んでしまうくらい、なんと素晴らしいのでしょう。


瀬のおとも 千鳥の声も やみにいれて
夕日早う 山がくりゆく

訳:川のせせらぎの音や、千鳥の鳴き声は、暗闇に消え
夕日さえも追うように沈み、山が暮れていくのを感じます。