キスリング展監修・村上哲さん解説⑦エピローグ:ふたつの世界のはざまで

キスリング展監修・村上哲さん解説⑦エピローグ:ふたつの世界のはざまで

エピローグ

2度の世界大戦に見舞われた時代、ポーランドのユダヤ人として生まれながらも、フランス人として生きることを選んだキスリング。ふたつの民族のはざまで揺れ動いたその人生は、葛藤に満ちたものだった。
フランスの美の洗礼を受けてもなお、画面を覆い尽くすものはユダヤの血の匂いである。キスリングの絵のなかで、艶やかな色彩と陰鬱な影とがせめぎあい、存在と虚無とが背中合わせとなる。
ふたつの顔がせめぎあうこの二面性こそ、キスリングの画風を特徴づけるものであった。そのメランコリックな感覚は、異なるふたつの世界のはざまに生きた画家の心情を映し出す。また絵画史への観点からも、キスリングの画面には前衛と古典という新旧ふたつの価値観が折り重なる。


《肖像画》1946年 個人蔵、協力:エドゥアール・マラング画廊
Courtesy Edouard Malingue Gallery

様々な価値観が交錯する時代にあって、キスリングは、常に「自分とは、何者であるか」ということを追い求めた画家であった。華麗なる独自のスタイルには、他の誰のでもない比類なき個性が際立つ。
回想のなかでキスリングは、「画家としての人生のすべては、真に、個人的な作品のみを産み出すべきであることを、私に教えてくれた。」と語っている。自らの存在理由と自分ならではの生き方を模索したその道行きは、画家としてのみならず、人間としてのアイデンティティーを探す旅路でもあった。エコール・ド・パリの誕生から100年、激動する世界と向き合ったひとりの画家の軌跡を辿ることは、20世紀のあの変革の時代へと思いを馳せる濃密な時間となる。(おわり)

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執筆:
村上 哲(むらかみ・さとし)

アート・キュレーション代表。1957年、熊本県出身。東京藝術大学卒業。
熊本県立美術館の学芸課長を経て2018年から現職。海外展の企画統括・監修に携わる。
専門は比較芸術学、エコール・ド・パリ研究、ミュゼオロジー(美術館運営学)。


「キスリング展 エコール・ド・パリの巨匠」は10月25日(日)まで美術館「えき」KYOTOで開催中です。

企画・監修:マイテ・ヴァレス=ブレッド(フランス/ポール・ヴァレリー美術館館長、文化財保存主任監督官)
統括・監修:村上 哲(アート・キュレーション代表、チーフ・エグゼクティヴ・キュレーター)
企画協力:株式会社ブレーントラスト