地獄あれこれQ&A ~前編~

地獄あれこれQ&A ~前編~

今月23日、いよいよ龍谷大学 龍谷ミュージアムにて開幕する「地獄絵ワンダーランド」。ところで、「地獄ってぼんやりと『悪人が死後に行く世界』ってイメージ…」という方は多いのではないでしょうか??
そこで今回、本展のテーマと深くかかわる「地獄」についてもっとよく知るために、龍谷大学 龍谷ミュージアム学芸員の村松加奈子さんにお話をうかがい、たくさんの質問にお答えいただきました。



村松学芸員(以下「村松」)まず古来日本の他界観と、仏教が入ってきてからの地獄。また往生要集(←クリック!)が書かれてからの地獄もニュアンスが違うので、定義が難しいんですね。

担当(以下「担」):・・・往生要集?

村松簡潔に言うと、往生要集は「死んだらこんな世界(=六道)があり、どこに生まれ変わっても必ず苦しいことがあります。そこから逃れるためには一生懸命、念仏を唱えて修行するのですよ」という、恵心僧都源信(えしんそうずげんしん)という僧侶の先輩たちが言っていたエッセンスをまとめた本です。

村松:基本的に、「悪いことをしたら落ちる場所=地獄」という考えなのですが、「往生要集」を読むと「ほぼ全員落ちざるを得ないのでは?」と思うほど、厳しい条件が記されています。
仏教発祥の地である古代インドの死後世界と、日本人の考える地獄もちょっと違うんです。日本の仏教はあくまでも中国・朝鮮半島を渡ってきた仏教を受け入れているので、一口に地獄といってもイメージが異なる。
「仏教の地獄」といってもそれぞれ国と地域でのイメージもばらつきがあり、それぞれの国・地域に根付いたものが混ざって広まっていき、今のような捉えられ方になっています。


村松源信さんの時代より前から伝わっていたありとあらゆるお経が、この経典ではこう書いてある、こっちの経典ではこうある、といった形ですべて集約されています。ここで重要なのは、あくまで源信さんはいろんな経典からガイドラインをまとめた人だということです。


村松いつぐらい…という説明はとても難しいんですけど、概念じたいはけっこう早い段階からありました。一番古いもので現存している例を挙げると、東大寺に「二月堂」というお堂があって、奈良時代にご本尊「十一面観音」がつくられたのですが、実はその背中の「光背(こうはい)」に、地獄の絵が線彫りで描かれているんです。なので少なくともその時代には、人々が「地獄」っていうものを体系的に受け入れようとしていたということはわかるんですね。そこまでくらいかな、辿れるとしたら。


村松往生要集が入ってきたとき、何が悪い行いなのかが明確に定義されたんですね。「嘘をついてはいけない」とか「魚を食べてはいけない」とか「女の人にいやらしいことをしてはいけない」とか。
明確に「これをしたら地獄に落ちる」ということが定義されたので、地獄に落ちないためにこういうことをしないように生きる、といった、生活をしていくうえでの指針が形成されたのではないでしょうか。それほどまでに往生要集は画期的な本でした。
私たちは「天国」と「地獄」と二対のイメージ、つまり”生前いい行いをしたら「天国」に行けて、悪い行いをしたら「地獄」に落ちる”という考えを持ってる人がほとんどだと思うんですけど、若い方は特に。
六道の考え方はそんな単純ではなく、すごく細かいところまで裁判された上でどこの世界に行くかが決まるので、もっとややこしくて面倒くさいんです。

担:魚を食べるのもだめなんですね。
村松「往生要集」に拠るなら、魚を食べるのは殺生なのでだめですね。


村松:まず地獄はすごくシステマチックな世界なんです。まず基本的な地獄として「熱地獄」と「寒地獄」がそれぞれあります。熱地獄は我々がよくイメージするほうの地獄で、炎系の責め苦が基本です。中に「8大地獄」というものがあって、地下世界の8階建て構造(←クリック!)になっています。罪が深いほど下に進み、一番下は最も大きい「阿鼻叫喚」の阿鼻地獄といいます。ここは他の地獄を全部足して、さらに1000倍くらいにした位の責め苦を受けます。

地下のフロアごとにもそれぞれ「小地獄」という小さい地獄がそれぞれに16個ずつあります。算数で考えると…8大地獄一つずつに小地獄が16個あるので、16×8で128、それに8大地獄そのものを足すと全部で136個もの地獄があります。
もう地獄から逃れる方が難しい!というくらいに、それぞれに厳しく細かい条件があります。たとえばお米屋さんが桝でお米を量るときに、ちょっと少な目に量っただけでそれ専用の地獄に落ちるくらい厳しい。他にも例えばお酒を飲んだら落ちるとされる、大人はほとんど落ちるであろう「叫喚地獄」という地獄があって…。ここは面白い特徴として、お酒を“飲ませた人”も落ちるんです。

担:これはちょっとありがたいです。
村松:そうそう、ちょっと飲ませてくるイヤな先輩がいたら、この人は叫喚地獄だな・・・とか考えたりできますね。(笑)
実は、寒地獄にも136個地獄があると言われています。なので、あわせて総数272個ですね。まだ他にも地獄がちょこちょこあると言われているので、もっと多いかな。
そうそう、寒くて言葉が「ここば!!」としか言えない地獄とか、寒すぎて皮膚が破裂する地獄なんかもあると言われています。

担:えっ、怖いはずなのになんだか面白いですね。
村松:そうなんですよ。地獄が一言で説明しづらいのは、そういう細かいところで真剣にいろいろ盛り上がりすぎてしまって、理屈とかで説明するのが難しくなってる部分もあるからだと思います。



龍谷大学 龍谷ミュージアム 学芸員 村松加奈子

後編では、地獄に落ちるまでのプロセスや、なぜ地獄絵を描こうとする人々があらわれたのかを解説していただきます。