「スポーツで輝く女性たち~京都女性スポーツフェスティバル サン・クロレラ杯参加選手に聞く~」vol.3

「スポーツで輝く女性たち~京都女性スポーツフェスティバル サン・クロレラ杯参加選手に聞く~」vol.3

連載第3弾は、ペタンク競技より、2016年のサン・クロレラ杯での優勝経験もある後田真弓(あとだ まゆみ)さんにお話をうかがいました。


後田真弓さん

 

― 2016年のサン・クロレラ杯に優勝されていますね。
はい。リニュアルされた公園で初めてのペタンク大会でした。非常に難しいテラン(地面)で、上級者が思い通り投げられず、実力が発揮されませんでした。
なので、優勝できたのは、ホント運が良かったんです。

ー ほかにはどのような戦績をおさめられていますか?
昨年でしたら、京都市市長杯で3位、和歌山市ペタンク協会交流大会・会長杯で優勝、あとラ・ノール杯(峰山)の3位という結果を残しております。

ー スゴイですね。競技はいつから始められたのでしょうか?
2014年の6月からですので、今で4年弱の競技歴になります。2015年に日本ぺタンクブール連盟C級審判員、2016年日本ペタンクブール連盟初級指導員を取得しました。2017年4月からは京都市ペタンクブール連盟理事も務めております。

ー 濃い4年間ですね!そもそも4年前にペタンクを始められたきっかけは?
義父が長年競技をしていました。訪ねた時には、嬉しそうにペタンクの話をしてくれました。でも実はその頃は全く興味はありませんでした。
2012年夏、私が大動脈解離で九死に一生を得、その後、次は主人が2014年春に脳梗塞を発症。主人が退院した翌日に、義父が身代わりのように腹部大動脈瘤破裂で突然亡くなりました。義父が悪いところを全部持っていってもらったようで、私たち夫婦は障害もなく以前と変わらぬ生活を送っています。四十九日の法要を済ませ、直前までお世話になっていたクラブに挨拶にうかがった際に、義父が没頭していたペタンクがどんなものか、と少し手ほどきを受けました。その時に「こんな面白いものがあったの!?」と思ったことが、競技を始めたきっかけです。

夫婦2人共、今までマラソン、水泳などの競技をしていましたが、身体のことを考えるとリスクがありますので、俊敏な動きがいらない、持久力があれば楽しめるペタンクに義父が導いてくれたようです。

ー まさに義父さまが導かれたそのペタンクの魅力はなんでしょうか?
ゲーム自体は単純なので、誰でも簡単に始められます。だんだん慣れてくるとゲームを進めていく中で、双方の持ち球数、ビュット周りの配置など投球の度に作戦、相手の出方を何通りか考えるようになります。選択する難しさや、天候、会場となるコート、地面のコンディションでのボールの転がりを読んだり、ボールの投球方法など、ペタンクを理解していけば行くほど、奥が深くなって行きます。そして、自分の投球が、作戦通りの結果になった時は何とも言えぬ嬉しさがあります。
また、不利な状況でも、諦めなければ、最後の一球で形勢逆転することも可能なので勝負の行方が分からないことです。
体格、男女、年齢のハンデは、ほとんどありませんし、経験が浅くても、格上の強いチームにも勝つこともあります。
たくさんの方と交流できますし、夫婦一緒に楽しめるのも魅力ですね。

ー サン・クロレラ杯に参加した中で、思い出や印象に残ったことをお聞かせ下さい。
やはり、2度目の参加で優勝出来たことですね。


サン・クロレラ杯優勝!

 

ー お仕事、家事、子育てなどを行う中で練習時間や大会参加の時間の確保が大変ではないですか?
苦労というほどではありませんが、夜7時からの練習場所まで自宅から車で3,40分要します。
なので、主人の帰宅後、すぐに出かけられるよう、愛犬の散歩や夕食の準備を早めに済ませておきます。
また、週に1,2回近くに住む息子夫婦が共働きなので遅くなる時は、育児支援として孫の面倒で練習にいけない事もあります。
そのかわりではないですが、夏の大会で愛犬を自宅に残していますので、上位に勝ち上がって遅くなる時や他府県遠征時には、夕方の散歩を息子夫婦に協力してもらっています。
もちろん獲得賞品も分配しますよ!

ちなみに、主人と2人だけのチーム名は「ボヌール」、大会に出るときは愛犬の名前から「ロビン」というチーム名です

ー サン・クロレラ杯に参加する楽しみは?
女性だけの大会で賑やかに楽しめることですね。

ー いよいよ2018年大会が始まりますが、目標は?
まずは予選を勝ち抜き、上位入賞を狙います。

ー ありがとうございました。義父さまがきっかけで競技を始められたエピソードなど、貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。