11月22日に「酒飯論絵巻」展の関連イベントとして、茶道資料館学芸員・木下明日香さんによる絵巻解説が行われました。その内容をまとめてご紹介いたします。
イベント当日の様子は、連載記事「『酒飯論絵巻』関連の講演会が行われました」でもご覧いただけます。
「酒飯論絵巻」解説
「酒飯論絵巻」の登場人物は、酒好きの造酒正糟屋朝臣長持、飯好きの飯室律師好飯。その両者が言い争って、さらに、酒も飯もほどほどという中左衛門大夫中原仲成が登場し、中庸が一番だというように結論付けます。
「造酒正」は実際にある役職の名前、好飯は飯を好むというそのまま、中庸を良しとする仲成は「中」という漢字がたくさん入り、それぞれの個性を表した名前になっています。
基本構成として、詞書と絵画で段が構成され、全四段構成になります。第二段からは段を追うごとに季節が移り替わり、春夏秋と推移します。
それでは、それぞれの段を見ていきましょう。第一段では三人が登場します。詞書では登場人物の名前が紹介され、何が好きかが明記されています。詞書の中に「思い思いに言葉を尽くして歌を詠み」という記述があり、第二段から第四段はすべて最後が和歌で終わります。第二段から第四段の詞書を原文で読むと、そのリズムの良さに気付きます。一種の長歌のような形式で書かれているのです。このことを指して最初に「歌を詠み」と表しているのではないかとも考えられます。
第一段 三人の登場
長持は笹模様の着物、好飯は青い袈裟、仲成は貝模様の着物を着ています。笹は酒の女房詞ですので、細かいところにも筆者の意識があることがわかります。なぜ着物の柄を強調するかというと、その人物を判別しやすくするため、第二段以降で再登場したときに同じ着物を着ているからです。
注目していただきたいのが茶臼。挽木を差し込んだ部分の周囲の模様が、茶道資料館本ではひし形になっています。最も古い写本とされる文化庁本などでは、その部分に蓮弁が描かれており、ひし形に描かれた茶道資料館本の方が後に制作されています。茶臼の研究では、挽木のまわりの模様は蓮弁の形の方が古く、後になってひし形が登場したと考えられているので、もともとは蓮弁だったものが、写されていく中で身近にあったひし形模様の茶臼を参考にして描き、写し崩れが起こったのではないかと思われます。ひとつだけではわからなかったことが、写本を見比べることで見えてくるようになります。
茶道資料館本 挽木を差し込んだ部分の周囲はひし形になっている
第二段の詞書では、「長持の申す様」ということから始まり、長持の主張であることが明言されています。酒の効用を述べた後に、季節の行事と酒についても触れられ、今でも飲まれるお屠蘇や曲水の宴についても記述があります。下戸を非難するのも大きな特徴で、下戸の人が聞いたら怒りそうなことも書いてあります。縁側で嘔吐している人物や、酔っぱらって歩けない人物の描写も見られます。500年前のものですが、親しみを持って見ることができますね。
第二段 酔っぱらった人々の様子
第三段では好飯の主張が述べられます。好飯は、飯(餅)好きとして描かれますが、特筆すべきは、茶の面白さが主張されていることです。絵画部分にも、山盛りの飯を嬉しそうに食べる好飯の笑顔がユーモラスに描かれ、米の調理場面だけでなく、茶の準備をするところも描かれています。湯を沸かしている人物の横には茶碗が置かれ、茶の準備をしているとわかります。第一段では茶臼を引いていたのが、ここでは湯を沸かす段階に入っていることから、時間の経過を読み取ることもできます。
第三段 山盛りの飯を食べる好飯
第三段 湯を沸かし、茶の準備をしている様子
つづいて第四段の大意は「中戸」が一番ということ。中戸は中くらいの酒飲みの意味です。季節や身長、身分など様々なものが中くらいが良いと述べます。秋の果物や、調理をする様子なども描かれます。第二段や第三段の大きすぎるものと違って、ほどよい大きさの酒器、ほどよい大きさの飯器が描かれています。
第四段 仲成のほどよい食事の様子
第二段から第四段ではたくさんのことが比較されています。三人は、公家、僧侶、武家、また詞書の和歌にも、念仏宗、法華宗、天台宗とあり、それぞれの宗派の対立を背景に酒飯論絵巻は制作されたのではないかともいわれています。様々な意味が込められた絵巻ですが、あまり難しく考えず、500年前の人々の宴会の様子を親しみを持って見られる絵巻だと思ってご覧いただけると幸いです。